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第12回 「立ちはだかる王者」
2009年10月15日更新

目標とする存在や、越えなければならない壁があるからこそ、人は努力を続ける。女子ゴルフ界で、宮里藍や横峯さくらら若手選手が台頭してきたとき、国内の頂点には不動裕理がいた。男子で言えば、片山晋呉が若手の壁、目標になる存在だ。

昨年10月の日本オープン練習日。プロとして同オープンに初出場する石川遼に、〝胸を貸す〟片山の姿があった。1番ホールから1人でスタートしようとしていた石川を、隣りの10番ティーで韓国のドンファンらと見ていた片山は、こうつぶやいた。

「ここで『一緒にお願いします』と言ってきたら、遼も一人前だけどな」。

かと言って、自分から石川を誘おうとはしない。そんなとき、気を利かせたドンファンが「誘ったら、遼も来ますよ。行ってきましょうか?」と片山に尋ねると「うん。行ってきて」と即答。石川はすぐに10番ティーにやってきて「よろしくお願いします!」と笑顔であいさつし、練習ラウンドが始まったのだった。

昨年、16歳でプロ転向し開幕戦で5位に入ったものの、石川は9月にスポンサー大会に3戦連続予選落ちするなど、苦しい時期が続いていた。日本オープン会場の福岡・古賀GCも、フェアウエーが狭くてラフも深い「石川向きではないコース」という意見が多かった。そんなときに巡ってきた、国内の第一人者との〝稽古〟は、願ってもない機会だったに違いない。イン9ホールだけの練習ラウンドだったが、深いラフから巧みにピンに寄せる王者の技を、石川が凝視していた姿が忘れられない。

そして、迎えた試合本番。石川は狭い難コースをドライバーで攻め抜く。だが、あと一歩で優勝に届かなかった。上にいたのは、ただ1人。大会2勝目でツアー通算25勝目を挙げ、念願の永久シード権を手にした片山だけだった。

「日本オープンは経験、プライド、技術、いろんなものが噛み合ってこそ勝てる試合。石川くんは将来絶対取る選手だと思うけど、まだ僕が取らせない。まだまだ負けない」。勝者は誇らしげに、そう話した。

あれから1年。今年の日本オープンは、埼玉・武蔵CC豊岡で始まる。4月のマスターズで日本人最高位に並ぶ4位と健闘しながら、国内では今季未勝利の片山。マスターズで燃焼した〝後遺症〟があるようにも思うが、きっと「ゴルファー日本一」のタイトルが、王者の闘争心を呼び戻してくれるに違いない。プレジデンツ杯で大きな自信を得て、強行軍ながら参戦する石川との〝再戦〟。今年も、熱い4日間になりそうだ。

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著者プロフィール

木村有三(きむら・ゆうぞう)
1974年12月28日、大阪市生まれ。同大ゴルフ部時代は、関西学生ゴルフ連盟競技委員長を務める。98年日刊スポーツ新聞社入社。02年プロ野球・オリックス担当。99~01年、03年から現在まではゴルフ担当。海外メジャーは、今年マスターズまで男女合わせて17大会を取材。
趣味は競馬、競輪。
≫ニッカンスポーツ・コム

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