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第13回 「激闘の日本オープンに思うこと」
2009年10月22日更新

これまでテレビや現場で見てきた日本オープンで、今も鮮明に覚えている大会はいくつもある。88年大会は、尾崎将司が最後に80センチほどのウイニングパットを2度も仕切り直した末に、きっちり沈めて14年ぶりに同大会を制した。続く89年大会は、尾崎将が最終日の17番で、バンカーからカップに放り込む劇的バーディーで連覇を達成。中嶋常幸が最終日最終組の直接対決で尾崎将に競り勝った90年も忘れられないし、最終日18番の林の中からの脱出劇で優勝した98年の田中秀道のプレーぶりも、脳裏から離れない。

そんな名勝負のドラマがあれば、ゴルフの楽しさ、おもしろさ、素晴らしさは多くの人にも伝わっていく。だとすれば、今年の日本オープンも、間違いなく多くの人を感動させたことだろう。

その要因はまず、舞台となった武蔵CC豊岡コース。谷口徹のバッグを担いだ清水重憲キャディーによると「フェアウエーから打てばグリーンに止まり、ラフからは止まらないフェアなセッティング」だったという。しかし、フェアウエーは極端に狭いわけではなく、ドライバーで思い切って打っていける幅があった。攻めるゴルフが奏功すれば3日目の石川遼のように「65」というビッグスコアも飛び出すが、歯車が少しでも狂えば同じく3日目の片山晋呉のように実力者でも「76」と崩れる可能性がある。スリリングな舞台設定が、見ているものの熱狂度を高めてくれた。

さらに、ファンが最も期待する〝役者〟が活躍したことで、興奮は最高潮に達した。プレーオフで負けはしたが、石川のプレーぶりは〝凄み〟があった。「入れれば勝ち」だった最終日18番の約4メートルのバーディーパットは「あと10センチ強く打っていれば…」と石川が悔やんだように、紙一重で外れたが、多くのファンが「入るんじゃないか」と期待を込めて見つめたはずだ。

日本オープンという日本最高峰試合の重圧がかかる土壇場では、簡単に入る距離ではないが「遼くんならやってくれる」と思ったことだろう。そういう雰囲気を漂わせるゴルファーは国内外でも、多くはいない。同じ状況でタイガー・ウッズなら、かなりの確率でパットを沈めただろうが、石川の集中力、オーラもそれに近かったと思う。

「悔しさがないと次にバネがない。これから出てくると思う」。負け試合でも、これ以上ない最高の経験を積んだ18歳は、そうつぶやいたという。まれに見ぬ激闘だった今年の日本オープン。しばらくは、記憶の中から消えそうにない。

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著者プロフィール

木村有三(きむら・ゆうぞう)
1974年12月28日、大阪市生まれ。同大ゴルフ部時代は、関西学生ゴルフ連盟競技委員長を務める。98年日刊スポーツ新聞社入社。02年プロ野球・オリックス担当。99~01年、03年から現在まではゴルフ担当。海外メジャーは、今年マスターズまで男女合わせて17大会を取材。
趣味は競馬、競輪。
≫ニッカンスポーツ・コム

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